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2018年12月18日

最後の料理教室

湘南料理塾、ほっこりフレンチということで、ビーフシチューやポトフなどあったまる料理をご紹介しました。

 

ご参加された皆さんは普段料理される方らしく、質問もかなり突っ込んだ内容でした。

 

その中でも先日私が怒っていた、

最近のレシピは細かすぎる問題

について心配してましたが、そんなことは皆無ですね。

 

レシピはあくまでも山頂への地図みたいなもので、どんなルートで登頂してもいいし、となりの山に変更してもいいし、もう少し足を伸ばして縦走してもいいじゃないですか。

 

登山も料理も他のスポーツみたいに審判は存在せず、圧倒的な自由があります。

もちろん、そこには自己責任が存在ますが、山みたいに道間違えて遭難して死にそうになることもなく、分量間違えても最終的に美味しく食べれたら、登頂したと言ってもいいのでしょう。

 

ターブルオギノの料理教室は来年も続きますが、私は今年で担当外れてスガちゃん一本で行きます。

スガちゃんのベビーフェイスにプロレス体型には女子のファンか多く、私よりも人気あります。

 

私は私で色々と用事があるので、一旦終了。

 

 

ということで、ご参加頂いた皆様、ありがとうございました。

また会う日まで。

2018年12月17日

完全に

煮詰まった。

 

本の前書きで詰まってます。

 

 

業界用語で煮詰まることを

詰まる

煮詰まって焦げることを

当たる

と言います。

 

今の私は詰まりすぎて当たりまくったフォンドボーみたいになってます。

焦げ臭くて苦くてダメなヤツ。

 

こういう時ってみんなどうしてるのかな。

畑に行って、絹さやが大きくなって来たので支柱ポールを立てて補助してみました。

二十日大根を間引きしました。

玉ねぎに話しかけて来ました。

息子とウンコしました。

焼肉食べました。

貰った商品券で好日山荘に行ってペツルのピッケルを買いました。

息子と風呂に入って、お父さんの大きいオチンチンを自慢しました。

 

 

だからって何か浮かんでくるわけでもなく。

 

もはや、極寒サーフィンにでも行った方が良いのだろうか。

ならば、真夜中ランニングでもしてみるか。

 

 

ずーっと原稿のことを考えてますが、なかなか進みません、てか、書けません。

 

一回、全部消そうかしら。

 

 

佐藤さん、もう少し待ってください。

2018年12月16日

画期的な試み?

かどうかは、やってみて考えますが、来年の冬休み明け、洋食屋oginoをやるんですが、

洋食屋ってのは別に私が食べたいからやるだけで別にどうこう言う話ではありません。

 

このイベントでは、当日アルバイトさんをお客さん含めて募集し、実際に一緒に働いてもらって、日当の代わりにウチの食事料金と相殺できるポイントみたいなモノをバーターで差し上げる、

と言うものです。

http://french-ogino.com

なぜ、アルバイトではなくボランティアなのか?

正直に言います。

ボランティアと書いているのは、この取り組みが限りなく労働法的にグレーだからです。

いや、もしかすると一線超えてるかも。

まあ、アンチにチクられて当局から怒られたら、そん時に辞めれば良いだけの話。

テヘヘッ、サーセン!

って。

なので、アルバイト代として食事券なり報酬払うとなると色々面倒がかかるので、ボランティアと書いて現物支給とします。

 

要するに、誰かと20時から洋食の予約で待ち合わせしておいて、その前に私達と料理運んだりしてチョチョっと働くと1人分の食事代がタダになるって事です。

名付けてオギッザニア池尻とでも言うべき、大人の職業体験。

これってoginoにメリットあるの?

って、思うでしょ?

 

良いんですよ、別に。

 

損得の話ではなく、面白そうな事をやってみると、思わぬ方向に触れる場合があるような、ないような。

 

一応、私の中ではこうなるのではないか?

という仮説がありますが、ここには書きません。

実際やってみて、面白そうなら進化させて継続してみます。

 

こんなことやる店は多分ないでしょう。

上手くいけば、業界的にちょっとした革命だと思いますよ。

最速記録

ランチ終わりから、イノシシと鹿を一頭づつ解体。

 

皮剥から始めて、骨と肉に完全に分ける作業が48分で終わりました。

 

皮は塩漬けして革製品にしたいです。

持ち歩きのボトルホルダー的なヤツが作りたいな。

スタバとかに行くと、紙コップの外側に一枚スリーブという紙をつけてくれるでしょ?

アレって必要か?

熱いものを持つためだけの紙なら使いまわせる方がいいよね。

ペットボトルもハメられて、自転車乗る時にどこかに簡単に装着できると尚良し。

機能を追求しつつ、形や色はバラバラってのが余計に良い。

革だから、アジが出て長く使いたくなるしね。

そんな製品が規格外的な扱いされて山に捨てられていた鹿やイノシシの皮から出来たら素敵。

 

という妄想と構想。

 

2018年12月15日

妊婦加算とは一体なんだ!

初めて聞くこの言葉、今国会で話題になって知りました。

 

妊娠するとなにかと出費がさかむから、ちょっとだけ控除してあげるよ、

 

的な、頭の弱い安倍ちゃんにしてはなかなかわかってるいるではないか、と。

 

え?

逆?妊婦は診察料が高いの?

おいおい、ふざけんなよ。

 

国会の審議では、野党から

ボケ!こんなの妊娠税じゃねーか!

と、野次が飛んでました。

おおお、正に妊娠税。

たまには野次馬野党もいい事言うではありませんか。

 

 

批判だけしても何も産まないけれど、批判しなくては何も見えてきません。

日本人はもうちょい威勢良く批判や文句を言って良いと思うんですよね。

 

これでまた僕ちゃんは嫌われるんだろうな。

 

 

 

そもそも

これって、初心者向けになっているのだろうか…

 

某HK、某日の料理 某ギナーズという料理番組のテキストのレシピ確認で思う事など。

 

アスパラを某グラムの塩を入れた某リットルのお湯で某分茹でる。

 

この、某を埋めてください、との事。

 

いやいや、それぞれ鍋の大きさちがうし、アスパラの太さ違うし、同じようにやっても毎回変わるから面白いではないのか?

硬いのが好き、柔らかいのも美味しいね。

あー、塩足らんかった!塩って大事だわー。

と、そこでまた会話が生まれますやん。

 

 

ディップソースの添え物の野菜はカブが某グラム、人参が某グラム…

この某はどうしますか?

って、別に何でも好きなものをディップすればいいし、好きなだけ食べれば良いと思うんですけどね。

 

これって、逆に固定観念にガチガチに固めてないか?

料理の自由を奪ってないか?

いいじゃん、失敗しても。

そうやって失敗経験して、また作って上手く行くから面白いんではないのか?

 

先回りして失敗の芽を摘む事が親切であるという考え方は長い目で見ると、後で失敗した時のマインドを修正するのが大変な気がしてならないのは私だけか?

失敗しないと絶対わからない事もあるし、失敗すると忘れない。

それが自分であっても、誰かのために料理を作るわけだから、作ってくれたけど失敗しちゃった料理をも楽しむ食べ手の不寛容さというのが料理レシピからも感じるような気がしてなりません。

 

 

こういう事言うとまた嫌われるんだろうな。

 

2018年12月14日

なんとも

ありえないミスをしてしまった…

 

なんという事だ…

 

本当に情けない。

2018年12月13日

一抹の寂しさと

今後の人生を考える不惑の私。

 

本の原稿もコツコツ書いておりまして、ほとんど終了してます。

メインとなる料理は全て撮り終えて、あとは細かい道具とか撮り忘れたものとか、基礎的な生地や出汁類だけとなりました。

 

春には出版かと。

 

先程、鹿児島でイワシの煮干しを作っている友人がジビエのソーセージを作りたくて、たまたま買った本が私のシャルキュトリー 教本だったよ、書いてあるとおりに作ったら一発で上手く出来たよ、とわざわざメールくれました。

 

嬉しいですね。

 

今回の本はそれ以上に長く使ってもらえる本になると思います。

とにかく意識したのは、ウチの若いスタッフに対して私が伝えたい事。

レストランは利益を上げるための箱でしかなく、彼らの学校ではありません。

なにもかも全て説明してあげることはなく、限られた時間の中で仕事としてやるべきことだけを簡単に伝えるだけという毎日の中でどれだけメッセージが届いているかはわかりません。

本当は本に書いてあることを隣で説明してあげたいのですが、私も雑用が多くてそれもなかなか出来ません。

本ならばいつでも読めるし、何より私の言葉で哲学含めて料理を紐解く事ができます。

 

仮に私が死んだら、店や料理は無くなりますが本やルセットは残り続けます。

 

 

この本の完成で一旦わたしの中で一区切りとなります。

40歳で早い気もしますが、なんとなく一抹の寂しさも感じつつ、新しいステージに行かなくてはと感じる今日この頃。

 

 

2018年12月12日

海鮮系や肉など。

美味しいサーモンマリネを食べたくなりまして、キッチリ作りました。

厚切りで食べてください。

もちろん、サワークリーム添え。

サーモンて、実はヤバイ食材の3本指に入ります。

養殖もきちんとしたものを選ばないと本気でヤバいです。

詳しく書くと怒られるので書きませんが、そんな危険性を排除したアトランティック・サーモンです。

最近安っぽい言葉になってしまったサステナブル。安全性高い養殖という可能性は大きいと思います。そもそも牛も豚も養殖ですから。

要は限りある資源に対して責任ある行動を選択するという事。

 

 

高知県のブリが来ました。

オーガニックの規格外野菜が沢山農家さんから来たので、それをブレゼしてブリのマリネを載せます。

主役は野菜です。

タンパク質を摂取する意味でブリのマリネ。

酸味を効かせた脂の乗ったブリは美味いですね。

こちらは天然ブリです。

 

今年もジビエパイやってます。

中身はイノシシ、シカ、鳩、鴨、イノシシのレバーと心臓。

豚肉混ぜて嵩上げすることなく、100%天然ジビエ肉です。

ジビエは純粋にオーガニックで餌も育てる手間を要りません。力強い本来の肉の味です。

 

その分、破壊力がすごいので、真ん中にフォアグラ入れて優しくなってます。

サザエさんはフォアグラの代わりにジュレで固めた一本分のタバスコでも仕込みますか。

 

青首鴨はヒルクライマー社長で最後、お陰様で完売しました。

 

 

 

 

 

2018年12月11日

いやはや凄い本だった…

こんな夜更けにバナナかよ

を読む。

年末にこの原作の映画が公開されるらしいです。

昨日、ボヘミアンラプソディの劇場で予告編をやってました。大泉洋主演で28日からだそうです。

映画を観るまえに原作を読めたのは本当に良かった。

 

いやぁ、とてつもない本でした。

一回では書ききれません。

 

筋ジストロフィーという、全身の筋肉が徐々に動かなくなっていく難病ながら、ボランティアに対して自分のしたい事を抑える事なく遠慮する事なくしてもらう事で摩擦を生みながらも懸命に生きる鹿野さんを追いかけたルポルタージュ。

障害者を介助するというを与えるものと与えられるもの、という図式で介助やボランティアという行為を考えてしまうと、私たちが普段抱く、ラーメン食べたい、ウンコしたい、チャンネル変えたい、エロビデオ見たい、という何気ない欲望すらもワガママと感じてしまうこともあるだろう。

夜中の2時にバナナを食べたいとボランティアを叩き起こし、食べさせて貰ったあと、もう一本!と、指示された瞬間、あるボランティアの学生はそれをわがままと感じる事なく、怒るどころか、大事なことを悟る。

 

スウェーデンから始まった、ノーマライゼーションという、持つものと持たないものが助け合い、平等を目指す福祉的な視点からの社会思想。

みんなが普通の生活が出来るように、と。

ノーマル=普通とは一体なんだろうか。

現代生活における本質的なフツウというものを定義できる人はいるのだろうか。

障害者の生活を 「フツウ 」にするというが 、かたや健常者にとっては 、今や 「フツウに生きること 」の価値が揺らぎ 、その意味が見失われている時代でもある 。フツウの人が問題を抱え 、フツウの人が常軌を逸し 、フツウの人が最も危ないなどともいわれる今日 、この言葉の意味するところはいったい何なのか 。 「フツウ 」とは 、いったいどうあるべきなのか 。 「ノ ーマライゼ ーション 」とは 、さまざまな問いを内包する深い言葉だと思う 。

フツウの障害、フツウの介助、と呼ばれる日は来るのだろうか。

普通という言葉が現代社会において、自立だとするならば、自立の意味も問い直さなくてはならない。

鹿野さんのように24時間、365日介助が必要な場合、誰かの力を借りなければ生きていけない。裏返せばボランティアに生かされているということだ。

それが自立していない事ととするならば、誰も手も借りずに生きている人とは存在するのだろうか。

ここに経済的な自立という事はほとんど意味をなさない。

障害を手足の欠損や難病自体ではなく、広義で考えると、多様な人々が生きる上で妨げる物や社会的障壁であるはずである。

鹿野さんの生き方からは、自立とは人生を主体的に選択して生きる事であると気づかされる。

 

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