2019年12月05日

週末メニュー

明日からの週末、真鱈の白子いきますか。

北海道からプリプリ白子入荷します。

ムニエルが旨いですけど、たまには衣揚げで火傷しそうな白子もいいですね。

 

 

それにしても冬野菜が良いです。

いろいろありますので、ポトフっぽく煮込むか、焼き野菜サラダみたくしたいです。

今日来た野菜は秋の名残も残しつつ冬のニュアンスも感じるラインナップ。

牡蠣のソテーに焼き野菜、ウチの畑の柚子のソースでいきましょう。

 

 

肉料理はジビエのパイが初登場。

鳩、鴨、ウズラなど山の香りいっぱいです。

レストランで鹿やイノシシを出すのは私が仕留めてからとなりますので、しばしお待ちください。

獲れないから買う、というのはちっぽけなプライドが許しません。

 

家鴨は脂の乗ったマグレなんですが、オレンジソースではなく、うちの畑の蜜柑のソースでいきます。焼き蜜柑も添えて秋全開です。

 

2019年12月04日

雑感

何でもかんでもネコも杓子もオリンピック。

まるで関連のない事にまでオリンピックが理由として使われることには違和感しかありません。

私の業界、とはいえ飲食業界もそこそこ広いので具体的に言うと、特に製造小売業です。

私の場合、飲食業以外にも食肉製品製造業、惣菜業、仕出し、卸売、小売、冷凍食品、さらには狩猟に関連した食肉処理業や農産物という、食品産業の総合デパートみたいな事にいつの間にやらなってしまったので、これにはこの法律、この規制、この枠組み、ガイドラインというのがいろいろ面倒でなりません。

なぜか来年のオリンピックを機に包装食品に限って添付が義務付けられている成分表示に栄養表示が義務化されます。

包装食品というのは蓋がされた食品や密封された食品の事で、パックされてなければ不要という変な制度です。例えばうちの無添加テリーヌは色が変わるから真空にしてますが、発色剤ドバドバ入れていつまでも鮮やかな色したテリーヌの量り売りはその都度切る為にパックしてないので成分表示は必要ありません。どんな添加物をどれだけ使ってても開示する義務が無いのです。

蓋のあるパフェは必要ですが、蓋してないパフェには要りません。

 

 

栄養表示とはナトリウムが幾つでカロリーがナンボって話です。

これって必要ですか?

エンデュランス系スポーツの補給食に使うエナジージェルが合計何カロリーになるかはアスリートレベルでスポーツに取り組む人なら必要な数値でしょう。

例えばロングトライアスロンなら大体6000キロカロリーいるからどの程度のカロリーを1時間あたりに摂取すべきかを計算しますが、計算しても私が良い例でうまく行くことは難しい。そんなの計算してもはっきり言って無意味です。

一般のスーパーやデパ地下で売られる惣菜や食品に栄養表示が必要な人がどれだけいるんでしょう。

もちろん、持病で塩分や糖分に気を使わなければいけない人もいるでしょう。

そういう方々の為の制度設計ならば、全食品産業を対象にすべきですが、義務化されるのは包装食品だけです。

 

自分が食べるであろうカロリーを計算して太らないようにしたい、活動計など使って自分が燃やしたカロリーとのバランスを測りたいのは理解できますが、食事をする楽しみや新しい味わいに出会う喜びまで機械の数字を見ながら一喜一憂するんてしょうか。

食べるという行為すらもカロリーとして数値化され、はみ出したカロリーを消費するためにランニングしたりジムに行ったりする事が悪だとは思いませんが、どこか食べること自体がガソリンを補給するような、携帯に充電するような他人行儀で主体性のない危険性を感じます。

メタボだなんだってのは、簡単に考えればカロリー収支が黒字なら太るし、赤字なら痩せます。でも、そんな事考えて摂る食事って美味しいんですか?

人間なんてしっかり働いてしっかり食べてしっかり寝れば良いんです。

腹が減ったら好きなものを食う、これこそ根源的な生の歓びじゃないですか。食べたいけどカロリー高いから辞めるなんてナンセンスです。

それが難しい世の中なんてどうかしてます。

本来、自由であるはずの食べる行為が数値化され、管理され、規制されます。現代人は管理されるのが好きなのか?

こんな制度は言葉は悪いのですが、国民総家畜化計画のようです。

しかも、それが役所からのお達しでオリンピックに合わせてという何の脈略もないスジから発せられることに違和感しかありません。

 

料理通信イベント その3

オーガニックとは何か。

 

 

結論から言えば、

オーガニックとは他者への配慮と責任だと考えています。

無農薬や有機など農法の呼び名で通ってますが、農法の定義だけに収まらないと感じていたからです。

それは言い換えれば生き方であり思想です。

他者とは、土壌であり気候、河川や海洋であり、農家であり畜産家や漁師と猟師、食に関わる人や生態系と環境です。

食に関わらない人はいないので、人類全体の目指す方向性と言えます。

例えば農業について全てを把握している人がこの世にいないように、様々な要素が複雑に絡み合い、言うならば人間が生態系の一部に組み込まれるような生活や考え方をするべきだとするのがオーガニックだと思うのです。

イタリアスローフードの始祖であるカルロ・ペトリーニはオーガニックを

きれい、ただしい、おいしい

と定義しました。

きれいとは土壌を汚さず、河川や海に対しても綺麗な農作物や畜産物です。

ただしい食べ物とは、農家や畜産家、食に携わる人々が食べる人も含め互いにフェアであること。

おいしいとは、作物本来の力で育った味わいを殺すことのない味わいのこと。

時に現代の味覚には沿わないほどにワイルドな味わいを出す素材もあり、それらを進化の過程で火を与えられた人間の最初の文化活動である料理を通して調味調理し、素材の味を最大限引き出し、最大限楽しむこと。

 

オーガニックを考える事は人間関係や自然との付き合い方を考えるということではないでしょうか。

 

 

 

 

 

今のお前には鹿は獲れねぇ

マタギのオヤジさんに言われた一言がズッシリと心にのしかかっています。

 

お前は引き金を引くタイミングが遅いのだと。

それは迷いがあるからなのだそうです。

何に迷っているのかは自分で良く分かっています。

私に生き物を殺す権利があるかどうかです。

獣を殺したいと願う反面、家に帰れば家族としての犬が居る。

犬が死にそうな時は涙を流すくせに、マタギが獲った野ウサギや鹿は嬉々として料理しているという矛盾点に折り合いがつけられてないウチは鹿は獲れないそうです。

 

猟師の皆さんが動物に対して血も涙もない極悪非道なプレデターかといえば、家には猟犬の他に猫や馬がいたりします。

猟師は皆、動物好きです。

それらを殺して食べるということは考えない。

しかし、鉄砲を持って山に入れば一撃で致命傷を与えて肉を持ち帰ってきます。

 

ペットを食べ物として考えないことの反面、獣を殺して食べることへの善悪を真正面から考え、自分なりに肯定しなければ肉を獲ることも食べることも私には資格が無いとバッサリ斬られました。

 

自分の手を汚す事を忌避している時点で私はズルいのです。

生き物に対する感謝や礼儀として残さず食べるということで殺しが肯定されるのか。

論理が感情を超えることはなく、古来人間は相手の立場に立って物事を考える事で他の動物とは異なる発展を遂げたのではないかと思うようになりました。

獣は論理や本能を優先し、生きるために食べるを貫いてきました。

殺しに感情が邪魔をするのが人間なのかも知れません。

捕食動物に可哀想とか申し訳ないという感情が入り込む隙間はなく、無駄なく食べるという私なりの礼儀や建前など、鹿の内臓だけを食い散らかした熊の食べ方を見ればなんの意味もない事がよく分かります。

その惨状を見る度に、解体や料理は美しい行為なのだと思います。

こんなことを考えている時点で私は自然から遠く切り離されてしまったことを確認するのです。

 

 

2019年11月30日

料理通信イベント その2

そろそろ私の話した内容の追加、話したかったけど時間の都合で省いた話を書きます。

 

 

全身パタゴニアなのは宣伝ではなく、私が持ってる服は殆どがパタゴニアから泥だらけ、血塗れ、ウンコ塗れにするために支給されたものだからです。

新品のサンプルをカッコよく着て青山あたりで写真撮ってインスタにアップしてくれという事はあっても、ボロボロに汚して持ってきてくれと言うアパレルもなかなか珍しい。

逆に言えば、現代の人は服は汚れるという当たり前の事を嫌い、汚れないような生活を望んでいる。

しかし、汚れ仕事をする人はいつも見えないところに必ずいて、私たちが汚れなくても良いようにかわりに汚れてくれているのです。

いつもまっさらなコックコート着てる料理人を私は信用しません。

私はいつも汚れる側にいたいと思います。

この前日はほぼ徹夜でシャカリキに弁当作っていたので風呂に入れず、ウチの畑の堆肥みたいな臭いがしてますが、ウチのカミさん以外誰もアンタ堆肥臭いよ、とは教えてくれませんでした。

 

 

会場には案の定知り合いが多く、俺にはこんなに友人がいたんだな、と再認識。

そうした友人たちは飲食業界にありがちな仲良し共感クラブのような団体を作って群れることなく、自分の哲学を貫く孤高人ばかり。

自分の意思と置かれた環境で一体何ができるのかを突き詰めて考える人達です。

 

 

今回のイベントの内容は多岐に渡るので、一回では書ききれません。

料理通信の次号にもレポート載ると思いますがページの都合上、異物混入コンビがどの程度お伝えできるかわかりませんので、ここは自分の言葉で文字数関係なく書きたいと思います。

 

この日、自分の中での柱は3本。

畑、狩猟、オーガニックです。

 

次回からこの点について詳しく書かせて頂きます。

長くなります。

 

 

2019年11月29日

料理通信イベント その1

400人規模の会場はほぼ満員。

 

 

10年前にこういうイベントやっても満員にはならなかったと思います。

 

11時から小林武史さん、小林寛司さんの講演の後、14時からパタゴニアの近藤さんと私という異物混入コンビです。

 

 

パタゴニアの理念は先頃変わりまして

地球を救うためにビジネスを営む

ということ。

環境負荷の最小化やリサイクル、リユースという、現在の一般的なエコ思想に対して、かなりカウンターでパンクなパタゴニアらしい思想だと思います。

 

もちろんパタゴニアはこれまでも業界に先駆けてオーガニックコットンに切り替えたりフェアトレード、リサイクルポリエステルの実現など画期的な取り組みはありましたが、それは本質的にサステナブルではなく、お茶を濁しているだけだったと自己否定し、理念をよりストイックに変更したわけです。

 

サステナブルという標語みたいな言葉を国連やメディアが使い始めたことによって、これってサステナブルだよね、と目をキラキラさせて語る人は増やしましたが、その本当の意味と意義を理解している人はどれだけいるでしょうか。

地球上で増え過ぎた人間が何かすれば、そして何かを作れば必ず違う何かに負荷を生むということであり、それはブラジルで誰かが羽ばたけばアメリカでハリケーンが吹いて日本の桶屋が儲かるという事です。

去年の炭素排出量が過去最大、今世紀末には産業革命前より3.9℃上がると試算されてます。

プラストローをやめても電気自動車に変えてもサステナブルナンチャラという新しい食べ物を食べても単なる延命治療に過ぎません。

もはや、なにかを削減したり代替してどうにかなるフェーズではない。

パタゴニアの提案は対症延命療法から根本治療への移行として、今まで放出してしまった炭素を戻す仕組みを作り上げれば、やればやるほど地球が綺麗になるというのがそのロジックです。

 

ウチでも提供している炭素を地中に固定する多年草の麦から作るビール、海水をろ過するムール貝、昔ながらの選別漁法によるサーモンなどは持続可能性ではなく、環境再生型へのシフトを意味します。

それらが地球上の全ての人を養えるわけではありませんが、勝ち逃げしている先進国の私たちが選択すべきはお茶を濁すような生温いやり方ではなく環境再生型に未来を見つけるしか道はなさそうです。

 

 

私は火星に住みたいとは思いません。

 

 

 

 

 

2019年11月27日

おりゃ〜

 

クルックフィールズ&パタゴニア弁当330個です。

 

2019年11月26日

明日のイベント

弁当を300個以上作ります。

 

参加者はそれ以上に400人ほどいらしてくれるようです。

こりゃ、大変だぞ。

という事で、弁当の仕込みをしております。

さらに、明日は私の中間決算として今までの諸々の活動を通した考察を発表する機会をいただきました。

 

ここに書いてる時間も無いですし、まずは明日の限られた短い時間で私の言いたいことをご理解いただくための原稿を書きます。

明日が終わったらこのブログにて、当日は時間の都合で省いたことも含めて詳しく書きます。

 

 

 

2019年11月25日

燃えつきました

12年間ありがとうございました。

 

この時間にまだ仕事してます。

 

 

それにしても、うちの店は干支がひと回りしてしまったようです。

28歳で店をやり、私も40歳ですのでそういう事なんですね。

 

 

皆様の愛に支えられてここまで来ることが出来ました。

ありがとうございました。

 

 

年内頑張ったら、年明けからリニューアルを考えてます。

その段取りのために現在は週末だけの営業なのです。

会社的な話ですが、近いウチに人事異動を大規模にやりまして、レストランのメンバーも変わります。

そんな感じでボチボチやってきますので、今後もよろしくお願いします。

2019年11月24日

ありがとうございます

 

皆様の愛を感じます。

 

國吉君もありがとう、後で電話します。

 

今回のメニューは私の大好物シリーズです。

赤ピーマンのムースは顎でトリュフを感じ、塩の替わりにキャビアで味をまとめる贅沢品。

 

フォアグラのテリーヌは説明不要ですね。

ブリオッシュと一緒に大きく切って口に放り込んで体温で溶けていくときのフォアグラの香りに悶絶してください。

 

 

ヒラメはトランペットと合わせるという、ランスのジェラール・ボワイエの得意な組み合わせ。

それを今回はフェルナンポワン風にしました。

 

メイン、これが実はなかなか深い料理でして、写実的料理として地方に食材を頼るパリを中心に流行った料理です。

 

鹿肉のようにマリナードキュイに1週間漬け込んだ牛ヒレは鹿肉を軽々と飛び越える赤ワインと香味野菜の風味を纏って馥郁として豊潤な深みが出ます。

鹿肉を使わなくても野性的な味わいに肉薄する仕上がりとなります。

これこそがフランス料理の真骨頂、手をかける事で素材に新しい側面の魅力を付加し、元々モデルとなった料理を凌駕します。

しかし、これは本来の鹿肉のポワヴラードを食べ込んでいる舌に対してアプローチしなければ、そのユニークな味わいは理解されません。

ロッシーニやマリアカラスみたいな誰が食べてもムヒョーウメェーっていう分かりやすい美味しさとは完全に一線引いたマニアック極まりない料理なのです。

優れた絵画に説明が要らないように、優れた料理芸術には説明は不要です。

しかしヘタレで自信のない私は、こうなんですよ、ああなんですよね、実はコレはアレなんです、と講釈つけないと不安で仕方がないのです。

 

 

 

周年ディナーのような、ウチの店でコテコテの料理を食べ込んでいる常連さんでなければ理解していただけないと思い、今回のメインは鹿肉のように調理した牛フィレのポワヴラードとしました。

ソースは肉を漬け込んだ野菜と屑肉、スジ、赤ワインをじっくりと煮出し、コンソメとフォンを注いで丸一日煮出したものを静かに煮詰めたモノです。

仕上げに酢と砂糖、胡椒を煮詰め、さらに赤ワインをギリギリまで煮詰めたガストリックというものを加えたソースです。

 

見た目は地味なのですが、恐ろしく手間と時間がかかっている料理なのです。

 

 

デザートは小田原で自然養鶏やっている壇上さんのレモングラスをだっぷりと使ったプリンとソルベです。

ハーブはドライよりもフレッシュ派なので、生き生きとしたハーブの香りを最大限に発揮した仕上がりです。

 

今日も楽しみです。

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