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2018年12月04日

腐る経済 を読む。

マルクス思想に感化されて利益を放棄、資本主義を批判しながら地方でパンづくりをしているという方の本を買って読みました。

読後、アマゾンレビューが非常に高く、私の思考はズレているのではないかと軽く落ち込みましたが、正直に書きます。

 

 

 

利益とは搾取であるから、利益は出さない。

食べ物は腐るが、金は腐るどころかどんどん増えていく。

 

との事。

うむ。

私とはちと考え方が違うかな。

腐るのも発酵も微生物による分解の仕方が違うだけの話であって、良いも悪いもないのだと思う。

科学的な物質の作用によって腐るはずのものが腐らなくなったり、枯れるはずのものが腐っていく過程というのは自然界の摂理に反するとは思うけれど、その点についてはあまり触れられていない。

 

 

この本の核心部はシステムとしての資本主義経済の枠組みを徹底的に批判、天然酵母から始まって天然麹菌によるパンを作ることでシステムの外側に出ようとする筆者の取り組み。

利益は搾取であるとして利益も追求しない。

労働時間と商品価値が比例するマルクス理論は搾取的な労働が前提としているが、このご時世で搾取と呼ばれる労働体系が存在するのかどうか、という所が置き去りにされている。

自発的な労働、すなわち働きたい職場や仕事をいくらでも選べる現代においてマルクスの奴隷的な労働の定義を当てはめるのは、少し無理があるのではないか。辞めたければやめられる時代に私たちは生きている。

また、マルクス論で言うところのコモディティ化して価格が落ちることを避けるために天然麹菌パンを作る点は、資本主義システムの外に出る行為なのではなく、一般的なマーケティングの考え方による商品の差別化であり、そのためにも属人性の高い技術や商品を作り、それ絶やさないためにも利益を出して筋肉質で理想的な資本主義的経営をしなくてはいけないのではないだろうか。

利益はただの結果であって、そのプロセスと使い方が重要。

成熟した資本主義システムは成熟した商品を生み出し、パン作りに必要なミキサーやオーブンや冷蔵庫を生み出し、皆から吸い上げた税金でインフラを作り、各地にクルマを使って宅急便で届けられている。

その恩恵を棚に上げて、自然に沿った暮らしやものづくりを正当化し、都市の役割や自然な営みに沿わない生き方を否定する権利はないのでは。

何事も極端に振れず、バランスを取らなくてはならない。

 

ビジネスとして自分たちの正しさを世の中に問うのであれば、大切なのは批判や否定ではなく、新しい選択肢を提案し、受け手である読者やパンのお客さんの思考を促すことなのではないかと思うのです。

自戒も込めて。