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2018年11月02日

鬱憤が溜まる

原稿に真面目なコメントを書き続けると、次第に次第に鬱憤というか、膿というか、痰のようなダラリとしたものが目の奥、いや、肛門の奥の前立腺に溜まるような気がします。

 

ここでそれをブリブリと発散しないとどうにかなりそうです。

何を発散するのか、もはやそれすらもよくわかりません。

明らかに頭の中のバランスがおかしい。

 

それにしても、なぜコックさんが書いた本や営業的ではないブログが少ないのか…

 

料理という誰にでも身近なカテゴリはお客さん側からの情報や評価や蘊蓄は、ありとあらゆる場所で溢れかえってます。

フランス料理について書かれた本や記事もその外側から見た観客的視点がほとんとです。

実際のプレーヤーである料理人の言葉はあまり表に出ません。

 

コメントが出ても今日席ありますよ、とか、新作出ましたよ、とか、ドタキャンでやばいとか、店では偉そうだが家では犬よりヒエラルキが低くて困る、と言った愚痴くらいでしょう。

 

 

そもそもコックさんは物書きではない。

文章など書かなくても、すでに料理という表現方法で自分というアイデンティティを世の中に示し、問うているのです。

 

料理はその人の表現方法であり、言語なのです。

 

例えば、この肉をどう食べさせるか、と言う所にそのコックの哲学と美学があり、言葉で語るなどコックに非ず、と言う事なのでしょう。

 

食べればわかる。

言葉で語らず皿の上で会話をする。

 

そう、ほかの優秀な料理人は料理に全てを注ぎ込み、エスプレッソのように最後の一滴を絞り出して自分を表現しているから、営業終わると果てて萎びたムスコのようになり、丸出しブログなんて書く必要ないのです。

私は料理という表現を用いて、私という料理人を丸出し出来てないのか?!

そうだ、全裸で料理をすれば何か変わるのかもしれない。

女子限定全裸ディナーナイトをやれば、私の鬱憤は綺麗にヌケる気がします。